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2021.06.18
i-nacの個性豊かな授業や実習は、個性豊かな先生方が考え、実施しています。
どんな先生がi-nacにいるのか?のぞいてみましょう!
今回は、i-nacの常勤教員としては最古参の教務部長・田辺慎一先生です。
田辺先生は、生態学の研究者として博士号を取った後にi-nacの教員になり、i-nacに入ってから始めたトレイルランニングで大会上位に入るなど、頭も身体も全て使って自然に向き合っている、野遊びサイエンティストです。
今回から2回に分けて、田辺先生のインタビューを掲載していきます。
前編の今回は、i-nacに来る前の田辺先生の自然とのかかわりについてのお話です。
先生方が、どんな経験を経てi-nacの先生になったのか?ぜひ読んでみてください!
【目次(前編)】
私の自然とのかかわりは、北海道出身なんですが、十勝地方にある帯広畜産大学に入学して、山岳部に入ったのが始まりです。高校生までは、自然や生き物、野外活動に興味はほとんどなかったのに、何故か山岳部に入ってしまいました。
当時の山岳部は、最低限の装備で山に入るのが普通だったので、リスクのある環境で、集中して自然と向き合う体験ができました。
今では到底考えられないですが、綿の軍手にボロい山シャツで、厳冬期の酷寒の日高山脈を縦走したり、夏の沢登りで知床半島の稜線上に発達するハイマツの藪をかき分けたり。
ハイマツは高山では背が低いんですけど、知床のハイマツは根元からがっちり立ってるので、藪漕ぎも簡単じゃないです。
地上1mくらいのところを、ハイマツの上に乗りながら、かき分けて行くんですよ。あれは今でも記憶に残るほどインパクトのある体験でした。
今では、アウトドアのギアもウェアも高性能になって、どんな人でもアウトドアを楽しめるようになりました。
もちろんそれは素晴らしいことで、i-nacでもそれに合わせた指導をしていますが、個人的にはその時の、頭も身体も、自分の全てを出し切りながら自然と向き合う体験は大きかったですね。
山岳部では、大学4年目に1年間休学して丸まる4年間山に向き合ってきましたが、最後の5年目は退部して復学し、山に登れる研究ということで、オサムシという地上に生息する歩行性昆虫の分布が、標高とともにどう変化するかを卒論で研究しました。
ただ、仮説を検証したり統計解析したり、調査で明らかとなったパターンの裏にあるメカニズムを解明したりという、科学的な思考や研究手法を身に着けたのは、その後北大の大学院に行ってからですね。大学院入学当初は、他の大学出身の同級生の言ってることが全然理解できなくて、必死に勉強しました。
大学院時代には、生き物の種類数がこの場所では多いのに、そっちでは少ない、というパターンがなぜ生まれるのか、という生物多様性のパターンを生み出すメカニズムについての研究をしていました。
高緯度のシベリアから低緯度の熱帯に行くほど生息場所の環境が複雑になることで、多様な生き物が共存することができ、生き物の種類数が増える、という仮説を検証することが目的でした。
実際には、ショウジョウバエを題材にして、シベリアと北海道という緯度の異なるシラカバの森で採集したサンプルを比較して検証していました。
当時その研究が斬新だったのは、単純に一つの仮説の検証だけをやっていたわけではなく、より根本的な原理を、深~く追究していったことです。
たとえば、森林構造と言うんですが、森の中で葉っぱがたくさんある部分(葉群層といいます)が、垂直方向に何層あるかというところで、シベリアでは森の最上部と地表付近にしかない2層構造です。北海道だとそれ以外に中間にも葉っぱの層がある3層構造、熱帯ではさらに多くて5層6層といった感じになっていきます。
層の数が多いと、森の中の生息環境が複雑になって、生き物の種類も増えます。じゃあ、そもそもどういうメカニズムで、森林構造が複雑になるのか?ということも合わせて検証することで、生物多様性に影響するメカニズムの、より包括的な仮説検証が可能となります。
緯度の違いが森林の構造に影響する大きな理由としては、緯度による太陽光の当たる角度の違いで、木の形(樹形)が少しずつ変わるからなんです。
熱帯の森に、生き物の種類数が多いのはなんで?
それは、森林構造が複雑だから。
じゃあなんで森林構造が複雑なの?
それは、樹形が円錐形から平らな形に変化しているから。
じゃあなんで樹形が変化するの?
それは、太陽光の入射角が・・
というふうに、どんどんと生物多様性の変化を生み出すメカニズムを大元までたどっていくんです。
最近マンガの「風の谷のナウシカ」を読んで、ナウシカが「世界の秘密を知るために 永い旅をして来たの」というセリフがあって、まさに自分が山岳部から一貫して心の奥深くに持っていたのは、これだと思いました。「世界」への好奇心。
今も、世界の秘密を知りたいですね。
その後、博士課程の後半に、マレーシアのボルネオ島にある東南アジア最高峰キナバル山(標高4,095m)で、熱帯高山における生態系プロセスの解明や、生物にみられる季節性の起源に関する研究プロジェクトに参画しました。
また、IBOY(国際生物多様性観測年)という、ロシアのシベリアから東南アジア熱帯までの森林地帯(グリーンベルト)において、様々な生物の多様性を統一された調査手法で一斉に調査するプロジェクトに参加しました。
自分の中ではキナバル山に登れるのが大きかったんだけど(笑)、もちろん研究には真剣に取り組みましたよ。
そこでは、熱帯の生き物が、より寒い温帯に進出するにあたって、どうやって冬眠などの環境変化に適した性質を獲得していったのか、その準備として高山でプレ適応していったのではないか、というけっこう壮大な(笑)仮説を検証する研究をしていました。
4つの標高で採集トラップを仕掛けて、それにかかった生き物(この研究ではおもに昆虫を対象)について研究するんですが、熱帯にはそもそも名前が分かってない生き物がたくさんいるんですよ。
採集したはいいけど、まずはその生き物がなんて生き物なのか、名前がついてなければ、せめて何の仲間なのかだけでも調べるんですが、それがほんとに大変なんです。
前述のIBOYでは、キナバル公園のスタッフを対象に研修プログラムを開催し、調査手法や各種トラップの使い方・メンテナンス法とともに、採集したサンプルの分類に関するトレーニングを行いました。
また、画像を用いた分類システムを構築して、各国の専門家に見てもらったりしてました。
今、名前がつけられている生き物の種類数は、全部で170万種ほどなんですが、地球上には推定で2000万種、あるいはもっといると言われています。
つまり、生き物の90%以上は名前がついてないから、どんな生き物がどれくらいいるのかほとんど分かってなくて、生態系の中でどんな生き物とどのようにつながっていて、どんな重要な役割をしていて、という生態学的な情報が全然わかっていない。
ナウシカの言葉を借りて、世界の秘密を知りたい、と言いましたが、そもそも研究者でさえ、世界のことはほとんどわかってないんですよね。
今は都市化が進んでテクノロジーも発達して、全部わかった気がするけど、到底そんなことはないんです。生身で、シンプルに自然と向き合うことで、そういうことがびんびん感じられてきます。
(※後編へ続きます)
【今回インタビューした先生】
教務部長・田辺慎一先生
北海道生まれ。帯広畜産大学山岳部出身。
北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了(博士・地球環境科学)。自然資本主義。
生態学の視点から、人と自然の関係をデザイン・提案することがライフワーク。
日本生態学会論文賞 (2002年)、日本森林学会奨励賞(2006年)受賞。
登山、薪割り、自家菜園、山スキー、スパイスカレーづくり歴29年、本厄の年に始めたトレランで runに目覚め、妙高の18の山間集落を駆け巡る超ハードな山岳ロードマラソン「MURA18」をプロデュース。
ULTRA TRAIL Mt.FUJI(富士山周辺の山々を160km走る日本最大のトレイルランニングレース)年代別1位経験有。
ボルネオ島のキナバル山(標高4,095m)を中心とした国際的な生態系観測プロジェクトに参画、現地集落に1年半ホームステイし長期滞在型テレワークを経験。
国際的な生物多様性観測プロジェクト(IBOY:International Biodiversity Observation Year)において、マレーシア、インドネシアでの生物調査、現地スタッフ対象の生物同定トレーニングコースのマネジメント・講師を担当。
ロシア、中国、韓国、日本の里山を対象とした生物多様性観測プロジェクト(SBOY:SATOYAMA Biodiversity Observation Year)を提案、共同研究を推進。
北海道大学低温科学研究所研究員、金沢大学自然計測応用研究センター21世紀COE研究員、総合地球環境学研究所共同研究員、十日町市立里山科学館越後松之山「森の学校」キョロロ研究員を経て現職。